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3.11

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4年前のあの時から毎年

3月11日という日が近づいてくると、

胸がざわつく。

余震が続き「またか」と心配が重なった日々を思い出す。

出来たら、二度と地震なんかきてほしくない!

しかしながら、自然の原理の中では仕方のないもの、

だから、私たちは常日頃、危機意識を持ち生活をしなくては

ならないと思うが、時間の経過が都合よく記憶を薄くしていく。

3月11日は、そんな私に大切な記憶と意識を思い出させてくれる日でもある。

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これは、震災が起きた年の5月末の宮城県石巻港付近。

お世話になっている社長が、仙台や石巻に会社を持っていて

被災されたので、お手伝いに御一緒した時のこと。

 

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まだまだ、自衛隊や警察が作業や交通誘導をしていた。

砂埃と下水の臭いで辛い環境での作業に頭が下がった。

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 海岸端には、瓦礫の山。呆然となって立ち尽くしたことを

思い出す。

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津波直撃のこの場所にも原型を残した木造建築が数棟あった。

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このように、基礎が残って建物が引き抜かれているものは、

絶対的に、基礎と建物を繋ぎが甘かった。

これを見たときから、基礎と建物の柱を緊結するホールダウンという

ボルトを必ず検討して設置するようにしている。

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木というものは、とてつもない生命力を持っている。

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まだ、港の復興にも時間がかかる状態だった。

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御一緒させてもらった方の知人が被災したため避難所生活をしていた。

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何もなかったら、子供たちの元気な遊び声が聞こえてくるはずの

グラウンドも、異様な雰囲気になっていた。

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このダンボールの間仕切りでは、みなさんが本当に

神経をすり減らしているだろうと感じた。

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生きてるということ、

変わらない暮らしができていることに感謝してみる。

 

地球という大自然の中で全てが共生していること。

そんなことを考えてみる3月11日。

 

完全復興まで、まだまだ時間がかかるが

少しでも応援していきたいと思う。


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